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東京地方裁判所 昭和54年(人)7号 判決

請求者 木村博志

拘束者 木村公子

被拘束者 木村大志 外一名

主文

被拘束者両名を釈放し、請求者に引渡す。

本件手続費用は拘束者の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求者

主文同旨

二  拘束者

1  本件請求を棄却する。

2  手続費用は、請求者の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の理由

1  請求者と拘束者は昭和四六年一二月一七日婚姻し、両名の間に、昭和四七年九月五日長男である被拘束者木村大志(以下「被拘束者大志」という。)、昭和四九年一月一九日次男である被拘束者木村仁志(以下「被拘束者仁志」という。)が出生した。

2  請求者と拘束者は昭和五三年三月二四日、被拘束者両名の親権者を請求者と定めて、協議離婚した。

3  拘束者は昭和五四年一月七日夜、請求者宅を訪れ、以後、両名は再度同居生活を始めたが、拘束者は同年三月二六日、請求者が会社に出勤した留守中に、被拘束者両名を連れ出してそのまま帰らず、以後被拘束者両名を監護して拘束するに至つたが、現在の拘束場所は拘束者肩書住所地である。

よつて、拘束者の被拘束者両名に対する拘束は違法性が顕著であるから、請求者は拘束者に対し、人身保護法に基づき、被拘束者両名の釈放と、請求者への引渡を求める。

二  請求の理由に対する認否

請求の理由1ないし3の事実は全て認める。

三  拘束者の主張

以下のとおり、拘束者の被拘束者両名に対する拘束は正当である。

1  請求者は、仕事の性質上あるいは上司、友人との交際などにより、定時に退社することは困難であるため、第三者である森田恵子あるいは請求者の義兄林忠男夫婦に被拘束者両名の監護を委ねる意向であるが、右森田の子供は被拘束者両名をいじめることもあり、義兄夫婦に預けるとしても臨時的なことであるから、いずれも適切な監護は期待できない。請求者の実母である木村良子が請求者、被拘束者両名と同居するとの意思も真意か否か疑わしい。

2  拘束者は、現在、肩書住所地近くの会社に勤務し、経理事務を担当しているが、勤務時間は午前八時三〇分から午後四時三〇分までであり、残業もほとんどなく、給料は、月額手取り金一一万円である。被拘束者大志は小学一年生であるが、拘束者宅から小学校まで徒歩数分の近距離であり、また被拘束者仁志は保育園に通つているが、拘束者は退園時、右仁志を迎えに行つている。また、拘束者の勤務中は、実母永田貞子が被拘束者両名の監護をすることで双方了斛している。なお、拘束者は午後六時三〇分ごろには被拘束者両名に夕食をとらせ、午後八時三〇分ごろには、右両名を就寝させている。

四  拘束者の主張に対する認否並びに反論

1  拘束者の主張1の事実は否認する。かえつて、請求者は、離婚後も○○○○工事株式会社の営業係長として経済的にも安定した生活を送つている上、多忙な中でも毎日、被拘束者両名に朝食を作つて与えるなど、被拘束者両名に深い愛情をもつて接してきた。

2  拘束者の主張2の事実は否認する。かえつて、

(一) 拘束者は、以前勤務していた○○○○工業株式会社取締役である片岡誠と現在、拘束者肩書住所地において同棲中であり、右片岡には妻子があり、拘束者は、未だ入籍できないでいる。

(二) 拘束者は、請求者と安定した生活を送つていた幼児の心理に及ぼす影響を省りみず、請求者、被拘束者両名などを欺いて一方的に請求者を排除し、被拘束者両名を自己の監護下におくなど、その行動様式は独善的である。そのうえ、職業も転々としており、また、昭和五〇年当時、請求者の月収は金二〇万円もあり、満一歳の被拘束者仁志を保育園に入園させてまで不安定な勤務をする必要はなかつたのに、勤務を続けるなど家庭においても落ち着くことができない性格であり、また、拘束者は、婚姻中、被拘束者両名に朝食を与えないで保育園に預けたこともたびたびで、十分な監護を尽していなかつた。

第三疎明

一  請求者

1  甲第一ないし第五二号証

2  証人森田恵子、同木村忠志、請求者本人

3  乙第一号証は原本の存在並びに成立を認め、その余の乙号各証の成立は不知。

二  拘束者

1  乙第一号証、第二号証の一、二、第三、第四号証

2  拘束者本人

3  甲第一ないし第四号証は、第一九ないし第二三号証、第四一号証、第四五ないし第四八号証の成立は認め、第八ないし第一八号証及び第二四ないし第四〇号証が被拘束者両名の写真であることは認め、撮影年月日は不知。その余の甲号各証の成立は不知。

理由

一  請求の理由1ないし3の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  右事実によれば現在、被拘束者大志は満七歳余、同仁志は満五歳余のいずれも意思能力を有しない幼児であること、拘束者が、被拘束者両名の親権者である請求者の意思に反してその監護を排除し、被拘束者両名を監護していることは明らかである。

三  そして、意思能力を有しない幼児を監護するときは、当然に幼児に対する身体の自由を制限する行為が伴うのであるから、それ自体、人身保護法、同規則にいう拘束に当たるものと解すべきであり、拘束者は被拘束者両名を監護することにより拘束していることになる。

四  ところで、法律上の監護権を有する者から、法律上の監護権を有しない拘束者に対し、人身保護法に基づいて幼児の引渡を請求するときは、双方の監護状態に実質的な当否を比較考察し、幼児の幸福に適するか否かの観点から、監護権者の監護のもとにおくことが著しく不当なものでない限り、当該拘束は違法性が顕著であると認めるべきである(最高裁判所昭和四七年七月二五日第三小法廷判決、家庭裁判月報二五巻四号四〇頁、同昭和四七年九月二六日第三小法廷判決、家庭裁判月報二五巻四号四二頁参照)。

五  そこで、右基準に則して本件において拘束者の被拘束者両名に対する拘束が、顕著な違法性を具備するか否かについて検討する。

まず、拘束者の主張1について判断する。

証人森田恵子の証言により真正に成立したものと認められる甲第五号証及び同証言、請求者、拘束者各本人尋問の結果によれば、請求者は、○○○○工事株式会社の営業係長であり、離婚後、拘束者と再度同居するまでの間、被拘束者両名を保育園に連れて行つてから右会社に出勤し、退園後請求者が帰宅するまで被拘束者両名の世話を近隣の森田恵子に委ねていたこと、また、定時に退社できないこともあつたことを認めることができる。

しかし、本件のように、父親を親権者とした場合、勤務の関係で、他人に子供の監護を依頼することはやむをえないことでもあり、そもそも、子供の幸福にとつて、親と接する時間の長短よりもむしろ、親子が心を通じ合い、深い情愛で結ばれていることこそ肝要であると考えられるところ、前掲甲第五号証、証人森田恵子、同木村忠志の各証言及び請求者本人尋問の結果によれば、請求者は、離婚後、拘束者と再度同居するまでの間、毎日必らず自ら朝食を作り被拘束者両名に食べさせ、更に、なるべく定時に退社するよう努力していた上、土、日躍日には、右両名のために実母、姉夫婦の居住する藤沢市に遊びに連れていくなど、被拘束者両名の生活を中心に考えて、父親として愛情をもつて右両名を正常に養育監護していたこと、被拘束者両名が拘束者に連れ去られた後は右両名に対する影響を考慮して、合法的かつ平穏な手段を講じてその取戻しを求めていること、右両名に対する愛情は非常に強いものであること、請求者が被拘束者両名の引渡を受けた場合、右両名のために実母、姉夫婦の居住する藤沢市に転居する意向であること、昭和五四年八月一日から同月一五日まで、当裁判所の勧告に基づき、請求者は、被拘束者両名の引渡を受けたが、当初はしつくりしない点もあつたもののその数日後には従前どおり、右両名も請求者に心を開くようになつたこと、また、請求者は、現在、約金二〇万円手取りの月収を得ており、経済的にも安定していることを認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右事実によれば、請求者と被拘束者両名との父子関係は、過去、現在にわたり愛情に包まれたもので、父親に育てられる子供にとつて幸福というべきであり、被拘束者両名を請求者の監護のもとにおくことが著しく不当なものでないことは、明らかである。そして、他に右不当性を認めるに足りる証拠はない。

かえつて、拘束者本人尋問の結果、請求者本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第五二号証及び同尋問の結果によれば、拘束者宅は、マンシヨンの一室で、間取りは六畳、三畳、三畳の台所の三部屋であること、拘束者は、従前勤務していた会社の上司で、しかも妻子ある男性と情交関係にあり、右男性は、拘束者宅を頻繁に訪れ、同宅に泊まつていくことを認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。右事実によれば、拘束者の生活には不自然な面があり、そのもとでの現在の養育環境は、決して好ましいものではなく、むしろ、被拘束者両名を拘束者の監護のもとにおくことこそ、右両名の幸福の妨げとなるものというの他はない。

以上のおとり拘束者その余の主張につき判断するまでもなく請求者の意思に反し、適法な手続によらない拘束者による本件拘束には顕著な違法性があるというべきである。

六  よつて、請求者の本件請求は理由があるからこれを認容して、被拘束者両名を釈放することとし、被拘束者両名が幼児であることに鑑み、人身保護規則第三七条に基づき、これを請求者に引渡すこととし、手続費用の負担につき、人身保護法第一七条、同規則第四六条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 赤塚信雄 裁判官 富越和厚 中嶋秀二)

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